冬曉・太極拳

冬曉の窓に自己流太極拳  未曉

 それなりの意思、意欲をモチベーションで始めながら中途半端に終わったもののひとつに太極拳がある。若いとき誘われて行った中国香港のホテルで、朝まだき、窓下の河畔公園にわき上がるように集まった人たちが音も無く始めたのが後で名前を知った太極拳だった。誰かが始めるとみんなが思い思いの速さというかリズムでゆっくり身体を撓らせる…。号令も無く音楽も無い、人それぞれだがなんとなくシンクロしている。いいなぁと思った。けれど、圧倒的に年寄りが多かったからその時はやろうとは思わなかった。

 だから退職し年寄りになったし太極拳教室に通った。通い始めると私がイメージした太極拳とは違う部分もあり、習い始めは、呼吸法だったり激しい部分もあり新鮮だった。週一で十ヶ月も通ったろうか。いつものように私のちゃらんぽらんが、器用に人まねが上手いだけの自分の太極拳に満足してしまい「指導者の資格がほしいわけでも無し、冬の夜に車の運転で通うのもおっくうだし」と勝手な理由付けをして止めてしまった。3000円のCDを手に入れ「これさえあれば家でも…」もあった。