八甲田(3)大嶽〜酸ヶ湯

 一端緊張感を緩めた上に昼飯を食べたせいか、ヒュッテから大嶽への登りはきつく感じられた。ヒュッテにいた人の多くが毛無岱の方へ流れたらしく大嶽への登りに人は少ない。降りてくる人は多い。その人たちに道を譲りながら一息二息つく。そしてその人たちが口々に「すごい風ですよー。」という。登るにつれ確かに風は強くそれなりの緊張感はあったが、井戸岳からの下りに比べればそれほどでもない。踏ん張りながら登る登りと、一度身体を浮かせるようにして片脚を着地させる下りでは飛ばされ感覚は下りの方が強いのかもしれない。ヒュッテから見上げたときは30分、登り始めてから40分と予測したが大岳山頂に着いてみたら25分だった。先頭のYamaさんは撮すものがないのでペースが速くなっていないか?。
四方の山座を確かめたり、給水したり、記念撮影をして少しゆっくり過ごした。強風の山頂に慣れたのかもしれない。ぼこぼこと湧き上がるように見える八甲田の山々を眺め、田茂萢からここまでのコースを振り返り確認して山頂から下り始めた。
 整備されているが露出した大小の石に足元注意の下りが続く。前方は麓から南八甲田の山に向かって連なりせりあがる紅葉が見える。風は相変わらず強い。男の子を先頭に登ってくる家族連れ。「何年生?」と訊くと「二年生」と応える。よく見るとその首根っこをお父さんが掴まえている。そのお父さんが「後ろに一年生がいます」という。小さな女の子がお父さんを風除けにいつでも掴まえられるようにぴったりくっついている。きっとこの強い風はこの家族の良い思い出になるだろうと思った。
 仙人岱ヒュッテでフリース、ヤッケを脱ぎ一息入れて酸ヶ湯へのコースへ戻った。薄く匂う硫黄臭の白茶けた谷を降りて行く。
やがて色付いた広葉樹帯の中に入る。雨水に洗われ石、岩だらけの道は麓が近くなり傾斜が無くなると泥道に変わってくる。木々の隙間から対岸の紅葉が美しい。気が付けば私達も紅葉に取り囲まれている。
 独りの腰の曲がったおじいさんが悪路に杖を突いて登ってきた。もう午後なので「これから大嶽ですか?」というと「酸ヶ湯まで…」と応えた。酸ヶ湯?「私達今酸ヶ湯へ下っているんですけど」と言うと「えっ」と驚いていた。車を酸ヶ湯温泉の駐車場に停め、そのまま登山道を歩きだしたらしい。わずか1,2分のところの温泉が見えなかったばかりのまちがいらしい。もう一つ、おじいさんは温泉は分け入らなければならない山の中にあると思いこんでいた節もある。本人もおかしいと思い始めていたらしいが1?近くこの悪路を歩いてきたパワーも凄いと思った。
 靴やスパッツを泥だらけにして酸ヶ湯に到着。素晴らしい紅葉に迎えられた。特にに赤の美しさが青空に良く映えている。
 急げばバスに間に合うが、そのバスでも五時のフェリーには乗れない。次のフェリーに乗ることにすればゆっくり出来る。千人風呂は身体は洗えないが、一次職場で三,四年山スキーを楽しんだとき以来の懐かしさからその雰囲気を味わった。雲谷蕎麦も酸ヶ湯蕎麦と名を変えていたが中味は変わらずおいしかった。
 津軽平野に沈む夕日に紅葉が暮れ残っていた。バスは八甲田を後にした。