大雪山系ほど高くなくても冠雪したという報せが届く。低山徘徊の端くれにもそれなりの感慨を覚える。私の山の記憶に特別な物はない。歩けば五六歩のごく普通の登山道だったり、何処の山でもあり得る登山靴と農郷苺の花の情景だったりするがそんなあたり前の山の姿が雪に消し去られると言う感慨である。もしかしたら、私の山登りなど当たり前の範疇にも入らないことかもしれない。もしかしたら蝶々や花の営みも山にすれば風のそよぎにも感じられないことなのかもしれない。
 それらのごちゃごちゃを一気に鎮めるために山家雪を呼ぶのかもしれない。
山は本来の山に戻るのだ。ただのおおきな起伏に戻るのだ。
  山気高し初冠雪の今日よりは   未曉