大根おろし入りとろろそば(2)

takasare2006-09-09

 私の最初の赴任地後志島牧は、福井県出身者が多く移り住んで作られた村だった。ニシンも去り出稼ぎ者が多い貧しい村だったが生活習慣の中にはっとするような伝統的なものが残っていたりした。私にとっては「とろろ」がそうだった。
 下宿のばあさんは、私の母がおろし金で下していた長芋を、すり鉢であたっていた。(もしかしたら長芋ではなくて自然薯だったかもしれない。)すり鉢の中ですりこ木に引きずられるようにとろろが回り重く波打っていた。いつもとは食感も違うだろうなと予想できた。次に鍋に作られたたれを入れては摺り、味をみてはたれを加えてを摺りを繰り返して出来上がった。我が家の摺った長芋と大根おろしと醤油をかき混ぜるだけの「とろろ」と大違いだった。その上、ばあさんは一人ひとりの小鉢に取り分けるときに更に伝統的な技を見せた。菜箸を右手と左手に一本ずつ持ち、右手の一本をとろろの中に入れると掬うように引っ張り上げ、左手の箸をその途中に当てると二本の箸で巻き取るようにとろろを空中で回転させながら小鉢の上に運んで箸を合わせる。するととろろは見事に小鉢の中に落とされた。着物姿、たすき、姉さん被りの手ぬぐい、板の間、すり鉢、そこで踊るように取り分けられていくとろろ。品があった。我が家ではとろろに大根おろしを入れて醤油で食べますとは言えなくなった。何より、そのとろろは味が薄く、我が家の大根おろし醤油とろろのほうを美味しく感じた自分が情けなかった。
 それからとろろを食うことはあっても、大根おろしを入れることはしなくなった。カルチャーショックは40年続いた。
 先日、無職男の昼食にいつものようにそばを食おうとしたが、冷がけ納豆そばも飽きたし、第一納豆を切らしていた。ないときはないもので、胡瓜もないし卵は明日の朝を考えると残した方が言いようだし。目に付いたのは、長芋だった。とろろそばはあまり好きではない。とろろがそばに絡まないからだ。とろろをくぐっただけのそばを食っているだけである。そばたれもとろろに吸われてしまってもそもそ麺だけを食っている感じがいやだった。ふと見ると大根もある。とろろとして食うのではなく、乾麺を冷たくして食べる際のトッピングの1バージョンとして「大根おろし入りとろろそば」がひらめいた。写真は試行錯誤中の「大根おろし入りとろろそば」