「○南」亀田

 函館の老舗の蕎麦屋さんと聞く。だから支店もある。今日訪れたのはその支店の一つ亀田支店。手打ちではない。蕎麦が好きだとどうしても手打ちに惹かれてしまうが、手打ちでなくてもおいしい蕎麦屋さんは結構ある。○南もうまい。老舗だけあって、茹でる、水で締める、盛るなど蕎麦のあつかいがしっかりしているから満足できる。
 昔からの町中の蕎麦屋さんだから、つまり、現代のようにファーストフードや外食店があちこちに溢れているそれ以前に外食を楽しんだり、小腹を満たすための店だったからメニューが多い。蕎麦、丼で50近い。蕎麦でできるものはうどんでもできるので70以上の調理の準備ができていることになる。店に入ると、墨字でその時季の「売り」のメニューが張り出されている。今までは毎年夏になると何回か「おろし蕎麦」を食べたくて入っていた。
 最初に食べたときに驚いたことがある。おろし蕎麦を頼んだら蕎麦タレの入った徳利が二本出てきたのである。店員さんが「こちらのタレは、食べ進んで味が薄くなったなぁと思ったら、好みで入れて下さい」と説明してくれた。たっぷりのおろしに天かすと削り節が添えられた蕎麦である。
 前述したように蕎麦の扱いがいいので蕎麦の風味がしっかり伝わってくる。おろしの辛味が涼味となる。しかしどうしてもおろしが最初にかけたタレの味を薄く水っぽくしてしまう。最初にかけたタレはまだ少し残っていたが、もう一本の徳利のタレをかけてみた。濃いのである。少し甘みも感じるタレが、蕎麦の味をもう一度引き立たせてくれた。客に最後の蕎麦の一本までおいしく食べさせようとする店主の心を感じた。
 今回は、他の店と同様「もり蕎麦を食うぞ」と心に決めて入店した。座ってすぐ目に付いたのが壁の墨字「鴨せいろ。850円」だった。今春の蕎麦旅行、山形美登利以来「鴨せいろ」にはまっている上に850円である。決まっていた心はどこへやら、大きな声で「鴨せいろ」と頼んでいた。熱く濃い目のタレに鴨肉の脂がうっすらと浮き、焼いた長ネギの香ばしい中に、冷たい蕎麦をつけてすすりこむ。うまい。ごく普通の鴨せいろだが850円という安さが一回りうまさをプラスしているようだ。店主はそばをおいしく食べさせるコツを心得ているにちがいない。