巴郷散策・二十八番地

 一棟四軒、一軒二間の引き揚げ者住宅が幾棟あったろうか一街区を作っていたその北側に小さな児童公園を挟んで二十八番地はあった。私の家は中道路に面して建てられた。借地である。隣に五人兄妹がいる吉川豆腐店、向かいに佐々木さんと工藤さんと言う家があった。しばらくして私の家の向かいに河井さん、隣に小刀禰さんが引っ越してきた。その家家に子どもがいたのでつるんで遊んでいた。佐々木さんの男の子は佐々木信綱と言う名で、父が「へーすごい名前だぁー」と言っていたが有名な歌人と同姓同名だと言うことを後に教科書で知った。元気なお母さんに「のぶつな−」とか「のぶー」と大きな声で怒られていた。私は隣の豆腐屋さんによく出入りしていた。年上のつとむさん、年下の英治君、幼いおさむ君と遊び相手の男の子がいたし、おばさんが油揚げを揚げる前の整形してできた耳を揚げて、粉砂糖にまぶして食べさせてくれることが楽しみだった。豆腐ができていく職人技も観ていて飽きなかった。英治こと「えぼ」君とは家の前の道路でしょっちゅうボールを蹴って遊んでいた。ただキャッチボールのようにサイドキックで蹴り合うだけだったがいつもやっていた。彼は高校でサッカー部に入った。試合を見に行ったら、チームメイトから「武蔵」と呼ばれていた。彼はあの文豪「吉川英治」と同姓同名だ。二十八番地には大文豪が二人もいたのである。(つづく)