巴郷散策・二十八番地

 あらためて考えると高校生になった頃から私にとって二十八番地は単に「家がある場所」になってしまった。近所の子と遊ぶこともなくなり、歩き回ることもなくなった。となりに豆腐や納豆を買いに行くこともなくなった。私が就職して函館を離れ、再び渡島に帰ってきたときには実家は引っ越していたから、近所を含めてじっくり見るのは中学生以来かも知れない。
 見る影もなく変わってしまった。引き揚げ者住宅は五階建ての集合住宅に集約され、跡地には函館中央警察署が建った。渡島支庁舎は立派な函館中央図書館に変わり、それらに囲まれて二十八番地は畑はもちろん庭さえもない家がひしめき合うように建ち並んでいる。薯の畝が走っていて、その後は私と隣のエボ君がボールを蹴り合い、雨が降れば泥道と化す土の道路は、きれいに舗装されて人影もない。私の家があったところには、母が植えたトキシラズの花も父の葡萄棚も近所の子どもを誘って止まなかった栗の木も取り除かれてアパートが建っている。吉川さんがだいぶ前に豆腐屋を止めたのは聞いていたが、この隣の家が吉川さんかどうかはわからない。あれほど馴染んでいたはずの場所なのに立っていることが恥ずかしいくらい場違いな気がし始めた。いたたまれない気持ちで二十八番地を亀田川に抜けようとしたら、私の家の五年くらい後に引っ越してきたU君の家が、建替わってはいたがU君の名前の表札で残っていた。少しほっとして二十八番地を離れた。(終わり)