大沼湖上歩き

 月見橋の駅側たもとに少し半島状に湖上に突き出たところがある。ガードレールを越えてその途端から湖上に立った。右前方にスノーモービルに引っ張られた橇が観光客を乗せて湖上を走っている。それに励まされるように五歩ほど進む。そして前方を見る。真っ平らな雪原が5Km向こうの銚子口まで続いている。左右はそれぞれ0.5Kmほどで、左は湖岸からせり上がるように駒ヶ岳があり、右手は人の気配がするから大沼公園の広場であろうか。出発は大沼の南西端、小沼との境界から北東端の銚子口キャンプ場まで細長い茄子のような大沼の湖上を歩くトレッキングである。

 Yamaさんは最初から銚子口までと決めて先頭を歩いているが、私は、右に行っても左に行っても歩きはすぐ終わってしまうから、自然とまっすぐ一番遠くへ行けるコースに体を向けているような気がしていた。もう一つ、岸近くはどうも氷が薄くなっているような気がしてつい、岸から遠ざかろうとする傾向もある。自然湖の真ん中を歩いた。真っ平らな障害物の全く無い湖上の雪原だから何処へでも歩いて行けそうだが、なぜか決められた道のように真ん中の見えないしかし厳然とある一本道を歩かされているようだ。そして常に氷の厚さが気になり、自分の体重が気になりその下の水の冷たさを思ってしまうのである。なぜか落ち着かない。遠くに見えるワカサギ釣りの人や、時折横切るスノーモービルのトレースに安心するのである。
 今日の目的の一つが、普段立つことの出来ない場所である湖上からの駒ヶ岳撮影だったが、天気予報は悪い方にずれ半分しか見えない。青空の出現を待ったが頭上が少し青っぽくなっただけで駒ヶ岳の全容は雲の中に終始した。結局歩くだけになった。銚子口のあたりの木だろうか、何かの鉄塔だろうかその目標を目指して歩くから一直線である。昔、倉グラウンドにまっすぐな白線を引くときの要領である。
 2時間で大沼の長径を歩いた。岸の砂を見せ始めていた銚子口のキャンプ場に湖側から上陸した。土地を踏んでいる確かさが足裏に感じた。
 正直氷結の湖上を歩くことに何か意味があるわけではない。駒ヶ岳撮影にしたってボートで行けないことはない。正直もう一度歩くかと言われれば首を振るかもしれない。しかし、今度誰かに「俺、大沼の湖上縦断したぜ」と軽く自慢するような気がする。それは、きっと水の上の氷の上を歩くという誰もが持つ不安の中を歩いたと言う非日常体験を語ることに他ならない。そして、どうしてか湖上を点となって歩く自分の姿が俯瞰されるのである。そういう体験が出来たのである。一度はしておいていい体験が出来たような気がする。
  足跡のただ愚直なり結氷湖   未曉