袴腰岳・子どもの歩き

 前にも書いたが、烏帽子を下り袴腰への登り返しが私の急登の基準だった。そこを小学3年生の前を歩いて登った。
 まず下りだ。彼、Ko君に見せるように一歩一歩踏みつけるようにゆっくり降りた。この下りは袴へ登る急登を目の当たりに見えてしまう。それがKo君を緊張させ興奮させてているらしい。鞍部の底「憩の森」の辺りで足が痛いとか暑いとか声を出し始めた。登りにかかると上に着ていたシャツを脱ぎだした。結構難しい漢字も使われているヒグマ出没の看板をじっくり呼んでいたり、大人の問いかけにきちんとした言葉遣いで答えていたりした落ち着きは影を潜めた。
 私は自分の登りではなくKo君の登りをしようと心がけた。「歩幅を小さくしてゆっくり登れば疲れないぞ」と声をかけ自分の歩幅を足一つ分くらいにして登りにかかった。後ろのYamaさんからは「あそこの木まで…とかあの曲がり角まで…とか近い目当てで登ればいいぞ」と声がかかった。それでもまだ胸苦しいとか、足が痛いとか声が出る。しかし、息が上がっている風は無い。一箇所目の直登に差し掛かったとき「次の曲がり角で休みにしよう」と歩幅を最小限にしてそのまま登ってしまうことにした。私の尻に彼の帽子のつばが時々当たる。大丈夫だ。トラバース気味になったところで休みにした。直ぐ座り込んでポケットから酢昆布のつまみを出して食べている。そういえばお母さんは何もしない。上着を脱ぐ時も、今リュックを外すのも、食べるのも全部自分でやっている。立ったまま休んでいる大人の雰囲気からリスタートのために立ち上がるのも誰に促されず自分で立った。「Ko君見てごらん。此処登ってきたんだよ」と大人に言われたのが自信になったのか、子どもの回復力かスット歩き出した。同じペースでゆっくり登った。この分ならもう休み無しで登れるかなと思ったのでさらにゆっくりを心がけて歩いた。困ったのがステップ状になったところだ。大人の歩幅で足場ができているのでどうしても大きく体を持ち上げなければならない。しかしKo君は止まらずに登ってくる。そういえば、声が出なくなった。疲れてと言うより、自分の落ち着きを取り戻したらしい。登るペースができ克服のイメージが持てたらしい。目の前の斜面しか見えないことも落ち着かせたようだ。私も「あと二つ急なところがあるからな」とか「ここから少し楽になるぞ」とか具体的に見通しを持たせるよう声掛けをした。
 袴腰の最初のポコに着いた時「わぁ頂上だ」と声を出した。「残念、頂上はまだなんだ」と少し気の毒に思いながら教えたが本人はもう座って水を飲んでいる。がっかりした様子は全然無い。
 頂上での昼食後、私が赤川側へオオヤマノリンドウの様子を見に行ったときついて来た。大人のおしゃべりに飽きたのだろう。疲れを知らない男の子にすっかり戻っていた。帰り、烏帽子までの下り、登りも彼の前を歩きながら、私もこの袴腰の登りを完全克服している自分に気がついた。烏帽子から、「好きなようにあるいていいよ」と言ったらKo君は高原の一本道を終始みんなの先頭を歩いていた。