天ぷら{田ざわ」

 最後に仕事をさせてもらったT小学校の学年団の先生たちと「美味しいものを食う会」が生まれ、今まで続いている。いろんな店へ行ったが、落ち着くべき所へ落ち着くように天ぷら「田ざわ」が多い。旬のものを全国に目を向けて選び、選んだ素材の自信、素材を生かす下ごしらえの自信、揚げる自信で食べさせてくれる。何を頼もうかとかこれは美味しいかどうかとかカウンターに座って悩む必要は無い。店主自信のもてなしを黙って味わえばいい。至福のひと時になる。今回は一昨日半年振りに「田ざわ」の冬のメニューを味わおうと集まった。美味しかった。中でも桜海老をつめた東北の蕗の薹、京都の冬筍の味と香りは誰かに話したくなる美味しさである。しかし言葉は「すごいよー」くらいしかないが…。
 この天ぷらの締めにオプションで店主手打ちのそばが食べられる。店主は手打ちそばの世界で知らない人がいないといわれる高橋邦弘さんと親交がある。そば粉にこだわる高橋さんが自家製粉したそば粉をわざわざ広島から送ってもらい、今回はそれと弟子屈産の粉をブレンドした蕎麦だそうだ。
 蕎麦を一箸口に入れる。熱燗に酔っている口に冷たい水で締められた蕎麦が気持いい。しかし味と香りが薄い。もう一箸食べたがやはり薄い。わかった。蕗の薹、アスパラガス、筍など旬の香りに鼻も舌も酔ってしまっているのだ。ましてやおなか一杯で満腹感が脳を麻痺させている。何口か食べた頃やっと、そばの味が楽しめた。店主が、「他の蕎麦屋さんに比べたら、うちのそばは、おなか一杯にしてから食べるので美味しさがうまく伝わらない」と苦笑していた。薄く、たたむことを考えたら極限近くまで延された麺は、当然包丁も細かく入れることになり、細麺である。しっかりとした噛み応えがあり角が立っていて口ざわりがとてもいい。たれはまろやかだが、辛さがしっかりあって麺の5分の一ほど浸すだけで十分美味しい。わさびをたれに溶かさず直接麺に付けて食べる私には、わさびはもう少し欲しかった。そば湯をいただく頃はもう無かった。
 これだけ美味しい天ぷらを食べさせてくれるのだから、手打ちそばまで…とも思うが、逆に考えるとそうまでして蕎麦を打つことに、店主の板前としてのプロの楽しみがあるのだろうと思う。まさに「されど蕎麦」なのではないか。
 天ぷらを食べなければ味わえない「そば」。そばにはこういうそばもある。こういうそばに出会うと、食べさせてもらう方としてもまだ道の遠さを教えられる。
 また、この「田ざわ」のそばを食べさせてもらうためにお金を貯めるのだ。