「藪蕎麦」東京御徒町

 上野駅から御徒町への大きな通りから、不忍池から二本目を入って…そこまでは間違っていなかったが、そこからの距離感がちがっていたため、御徒町方向へ曲がってしまい痛い足をひきずって一画を一回りしてしまった。何のことはない、最初の道を後10mも行けば見つけられた。小石の上につくばいを配し、黒い小ぶりの暖簾が客を誘う、いかにも江戸前蕎麦屋である。入ると、相席となる。ざるそばを注文した。ここは、以前に一回来ている。そして、皿状のざるをひっくり返して山状にし、そこにそばが載せられていたのに驚いた。そしてそのそばが、竹の網目が判るくらい薄く重ならないように盛られているのに驚いた。つまり少ない量に驚いたのである。その時は、荻窪の「もとむら庵」でも少ないもり蕎麦だったので、当時の私に言わせれば、「粋がっているぞ江戸蕎麦」という印象だった。
 同じようにざるをひっくり返した上に盛られたざるそばが出された。今は驚かない。多少量が多くても、水切りの悪いべちゃべちゃの蕎麦を食べさせられるよりは、一本一本すっきりした蕎麦を程よく箸に架け、辛汁に先っぽをひたしてすすりこむ。蕎麦の舌触り、蕎麦の香り、味を楽しめる方が価値がある。東京の名の通った蕎麦屋では最低、水切り、舌触り、箸がかりで不満を感じることはない。味の好み、香りの強弱は客個々の問題だろうから、基本的なことは、研究し尽くされているんだろう。私の私的蕎麦道も少しは進歩しているようだ。それにしても、やはり量は少ない。かけそばを追加する。小ぶりの丼の中は、北海道に比べれば格段に色の薄いかけ汁の蕎麦である。江戸蕎麦の繊細さはかけ汁を濃い味にすると消されてしまうのかもしれない。私の求めるかけそばは、少し野暮と言われる部類の蕎麦のようだ。
 これだけの辛汁なのに、蕎麦湯が薄い。もっと濃くても…。こんなところからも私の蕎麦道は野暮の方向を向いていることがわかる。