「並木藪そば」東京浅草

 娘二人と浜松町で合流夕方までの時間つぶしに浅草寺を選んだ。内心、「並木藪」にいけると思った。馬車道通りから横入りに仲見世に入った。三人と別れて矢印に促されて雷門につき頭の中の地図で見当をつけ交差点をわたった。蕎麦屋雰囲気の看板があり、その下に小さな行列ができているのが見えて、「並木藪」に着いた。寒いし、歩いてきて立っていると年末来の坐骨神経痛で、右足が痛い。何度かしゃがんで痛みを和らげながら待っていた。
 客の前に出されているものの匂いが立ち込めている。酒を飲む人、声高に喋り合う人、所在無げに待っている人たちで満席で、それらの間をおばさんたちが足早に動き回っている。たかが蕎麦、ファーストフード蕎麦の時代をほうふつとさせる店内風景である。店の奥、配膳口のすぐ近くの席に「合席でおねがいします」と案内された。4人掛けで壁側に夫婦が向かい合ってそばができてくるのを待っている。私の前は空いていた。もり蕎麦を頼んだ。隣の夫婦に蕎麦が来た。だんなの方はそば前の徳利がついてきた。だんながそば前の酒のおいしさや楽しさを奥さんに聞かせている。浅草見物に来て、普段一人で楽しんでいる蕎麦を、名店「並木藪」で奥さんに知ってもらおうとしているんだ…などと一人合点していると、蕎麦が来た。
 飾りっけも何もないざるの山側に盛られて蕎麦が出てきた。細くきりっとしている。いかにも江戸蕎麦と言う感じだ。香りは強くない。たれは蕎麦猪口に半分もない。辛そうなので
蕎麦の先にだけつけてするっと手繰る。うまい。蕎麦の味とか香りとかよりも、口に入ったときの食感がいい。舌触り、麺のコシ、喉越しが気持ちいい。
 奥さんの後ろ、もっと配膳口に近い二人がけの卓におばあちゃんが一人いた。鴨せいろを食べている。おいしそうに食べている。常連なんだろう。
 この雰囲気は店が作っているんだろうか、客が作っているんだろうか。そして、江戸を感じてしまうのは私が田舎者のせいだろうか、「並木藪」に対する先入観だろうか。寒風の中雷門の下で、妻や娘たちを待ちながら思っていた。