「富蔵食堂」(1)(飯山市)

takasare2005-11-13

  いよいよ新潟県から長野県へ入る。県境の峠近くにある「信越栄」という道の駅から富蔵食堂へ電話をする。山の中へ入るし、行くまでの時間、もしかしたら探す時間もかかるかもしれないので、辿り着いたのにやっていなかったでは悲しい。
 「あんまり遅くまでやりたくねえんだよ。」「あっ、今一人来たからあんたも来ていいよ。」という返事で車を走らせた。117号線から信越の山の中、飯山街道に入った。素朴な看板を深読みし過ぎて10?も走ってから気が付いて戻り小さな富蔵の集落に登り着いた。道路脇の一段高い所に民家があり、玄関の上に素人手書きのペンキで富蔵食堂と書いてあった。道路脇に車を停め先ほどの電話と、遅くなったことを気にしながら玄関を開けた。
 「はい」「はい、どうぞ入って下さい。どうしたかなぁーと思ってた。」(玄関の先右手の障子が内側からドンドンたたかれて)「こっから入って」「道に迷ったのー」「あんまりわかりやすくしてねぇーの」「そこに座ってお茶飲んでて。今つけものだすから」この家の居間に上がって目にしたのは座ぶとんにひじをつき、脚を投げ出したままのおばあさんの姿であり、私との受け応えも全部その格好でされていたということである。ふだん絶対挨拶もしていないような人に、その場限りの極めて打算的なマニュアルとしての丁寧語や敬語で応対をされることがある。いわゆる慇懃無礼である。そして、挨拶が無いよりその方がいいと言い、丁寧語や敬語を使わないといって怒る人がいる。そんな人からすればこの富蔵のばあさんはもってのほかだろうし、帰ってしまうかもしれない。いや、きっとこんな山奥まで一杯の蕎麦を食べに来ないかもしれない。結局、この後ばあさんがもてなしてくれた蕎麦の味も、漬け物の味も笹寿司のおいしさも心遣いもしらないままになってしまう。私は、自分で障子を開けて居間に上がり、デコラ張りの卓袱台を見つけ、ばあさんがほおってよこした座蒲団を敷いて座り、ポットから織田を入れて飲んだ。私はこれが大好きである。いっぺんに気が楽になり落ち着く。
 「笹寿司っていうのもあるけど食べるかい?」と私に聞きながらやっと立ち上がった。