《私と蕎麦》(3)

 その次の「蕎麦」との出合いは同時に「外食」との出合いであり、たしか、「テレビ」との出会いでもあったと思います。
 だから蕎麦の味がどうのこうの言うより、初めての外食が嬉しかったにちがいなかっただろうし、そこにあった白黒テレビは小学生の私の魂を奪ってしまったはずです。子どもにとっての外食、それもは初めての外食の嬉しさと、噂に聞くだけで、我が家には手の届かないテレビを体験できた興奮が蕎麦の美味しさの全てだったのだと思います。
 私をその蕎麦屋につれて行ってくれたのは長兄でした。なぜ、そういう状況になったのかは分かりません。きっと、アルバイトの金か何かで世間知らずの弟に外食やテレビを体験させてやりたかったのかもしれません。その兄も八年前に亡くなりました。聞いておきたかったことの一つです。
 蕎麦屋は今も同じ場所にある「えびす庵」です。テレビの画面には歌っているフランク永井が映っていました。蕎麦はかけ蕎麦だったと思います。でも、味は全く覚えていません。ただ、蕎麦屋と言う場所が素晴らしい場所として私の舌ではなく、心に印象づけられた様です。
 「たかされさがし2」にも書きましたが、桔梗庵を教えてくれたのもこの兄です。兄は、私の蕎麦好きを見抜いていたのかもしれません。