蝉時雨

 高知市では竹林寺というお寺へ行った。四国遍路三十一番目の札所である。
 四国遍路は純日本式トレッキングの粋として憧れはある。聞くとお金はあまりかからないし、時間は余るだけある。退職したらなどと以前から考えたこともあるが結局は肝心の信仰心が大きく不足していることに気付いて断念している。今回は、せっかくの四国旅行、観光客として一つだけでも札所を訪れようと何の根拠もなしにこの竹林寺を選んだ。
 高知市の海岸近く、そこに置かれたように小さな山がありその五台山を山号寺域としての寺である。町中の小さな山だが木々の緑が俗界の侵入を遮り、本堂へ上りゆく石段は幅広くゆったり曲がっている。手入れされた庭は一面の苔が磴を打つ足音さえ吸音するかのような静けさである。登り切ると本堂。小さな境内に遍路装束の人を含めて20人ほど。自分が観光客然として何やら恥ずかしいような気分になる。車ででも回っているのだろうか団体旅行のような雰囲気の小集団もあれば、元気そうな高齢の人同士が声高に情報交換している。気になったのは明らかにリタイヤ前の年恰好の夫婦が静かに本堂の階の上で合掌している姿だった。考えてもしようがないお二人の遍路旅の理由を想像してしまった。
 申し訳のようにお賽銭をあげ、狭いところに建てられた五重塔やお堂のいわれをめぐり、駐車場へ戻ろうとしたら先ほどのご夫婦が歩き下るところだった。
   お遍路のまた行く道や蝉時雨   未曉