山の昼飯(4)

 一つ不思議なことがある。普段何もしないのに昼近くなると腹の虫が鳴るほど空腹感を覚えつい間食などしてしまう私が山に登っているとそれほど空腹感を感じないのである。あまつさえ、このごろは二つ持っていく握り飯を一つ残したりするのである。血糖値の高さを医者に言われて気をつけていることもあるが、家での昼飯では難しい腹八分目が、山の昼飯では出来てしまうのである。この私がである。
 多くの山では、飯を食べながら自分が登ってきた道を眺めることができる。展望がないときでも登ってきた実感は体中で感じながら食べている。目裏には道端にあった高山の花々が残っているし、目前には山並みや遠く水平線などが見える。頬には麓とは明らかに違う冷涼な空気が感じられる。
 どうやら私の場合そういう状況で腹が満たされてしまうようだ。昼になったから山頂だから食べるのは食べるという行為のキッカケにすぎず、満腹感や美味しい不味いという感じは山頂という状況が感じさせていることになる。ということは状況が変われば、例えば悪天候で動けなくなったら「なぜ三個も四個も持ってこなかったんだ」とわめき出す危うさも持っているということだ。
 幸せなことにこれまで美味しく感じられる状況で山の昼飯を食えている。人生最後に何を食べたいかという愚問がある。私は敢えて「山の昼飯」と愚答する。