山の昼飯(1)

   何処で
 山の昼飯は、そこで飯を食うのが目的でもあったかのように、そして当然のように山頂で昼飯の包みを解く。もう登らなくても良いし、喉が渇き腹も空いているような気がする。周りの眺望は非日常の大風景の中だ。食べ物を美味しく感じる条件がそろっている。ことさら美味いとは言わないがみんなが美味いと思いながら食べているのが分かる。
  山の昼飯マイベストワンは文句なしにエヴェレスト街道をトレッキングした時の、パンヴォチェでの昼飯だ。今までの人生の昼飯の中でもナンバーワンである。
 そこは四千mの高所、酸素が薄いと言うだけでも初めての経験なのに、周りを取り囲んでいるのはコンデリ、タムセルク、カンテガ、アマダブラム、ローツェ、エヴェレスト、タウツェという名だたる山々である。非日常の極みである。その日の夜に書いた紀行メモには《パンフレットで見たとおりの状況がそこにあった。明るい日差しの中、氷河に削られた黄色い谷がアマダブラムがまとう衣の襞に吸い込まれていく。このエヴェレスト街道で最高所の定住地、ゴンパと数軒の小さな民家、仏塔が峰々と語り合うように佇んでいる。石積みの柵に区切られた平地が緩やかな斜面に段状にドードコシ河に下っていく。その一画に我々のために敷物が敷かれ昼食が並べられている。三百六十度神々の峰に囲まれてまるで白昼の宴でも始まるように…。天国って案外こんな所か。食後ただぽこぽこ歩きながらヒマラヤに浸る。言葉無し。》とある。何を食べたかは書いていない。記憶として残っているのは「そこで昼飯を食べた」ということだけである。空腹が満たされたとか、美味しかったという食事に付き物の感情ではなく、周りの状況が心も身体も満たした食事だったようだ。
 私も胃袋だけの人間ではなかったということになる。それがベストワンの理由かもしれない。