伊藤さんのおじさん(3)

 当たり前のことだが、私は今まで働いたからお金がもらえたと思っている。
 大学卒業時に就職できなかったときもすぐアルバイトに行っていくらか家に入れたし、行きたくなかった神奈川県の採用試験も受けたりした。理想とする就職の前に「食うために働く」ことを考えた。「教師は聖職だから賃上げを要求するなんて…」という世論の時、率先してストライキに参加もした。
 子ども心に、働いたからお金がもらえたと思っていたとすれば私は伊藤さんのおじさんからとてつもない大きな勉強をさせて貰ったことになる。
 そして伊藤さんのおじさんの正体が分からなくなる。あるときは「するめいかのし」屋さんであり、ある時は「いか折り箱」屋さんだったり、ある冬は年の市に出店する露天商だったりするのである。今の函館中央署の所にあった引き揚げ者住宅のまとめ役のようなことをやっていたようだった。父が終戦後函館引揚者援護局という役所に勤めていたのでそのあたりが我が家との接点だとおもうが餓鬼だった私に今はもう分かりようが無い。
 家族ではない。先生でもない。友達でもない。親戚が身近に居ない私には、知っている人と知らない人の中間にいる人だった。ただとても懐かしいのである。