りゅっこ

    りゅっこ
 私が子どもの時私の家に犬がいた。名前は「りゅう」と言ったが、みんなは「りゅっこ」と呼んでいた。しかし正確に言うと私の家の犬ではない。
 終戦直後、樺太から引き揚げてきた我が家は歌志内の父の兄の家に身を寄せてシベリア抑留となった父の帰りを待っていた。ようやく帰ってきた父は初めての地、函館の引き揚げ援護局に職を得て一家は函館に住むことになった。折からの住宅難、我が家は役所が用意してくれた家に石井さんという子どもの居ないご夫婦と二世帯で住んだ。りゅっこはその石井さんのおばさんが飼っていた犬だが、そんな事情からつい私の家の犬と言ってしまうのである。
 りゅっこは捨て犬だった。拾い上げた子犬をかわいがっていたのかいじめていたのか子どもたちが近所の小学校の非常階段の上からその犬を落としてしまった。子犬は腰を打ったらしく啼くだけで起きあがれないし歩けなかった。どういう経過だったかは忘れたがその子犬がやさしい石井さんのおばさんに飼われることになったのである。おばさんがどうして「りゅう」という名前をつけたかも覚えていない。白に大きな黒斑の雑種犬で小柄だったから「りゅう」というより「りゅっこ」が似合っていた。
 玄関も便所も台所も一つのものを使う二世帯の暮らしでは、りゅっこも両家のペットと言えたがやはりりゅっこにしてみればご主人は石井さんのおばさんだった。一番つらいときに助けてくれ、毎日食事を与えてくれるおばさんと私たちにはりゅっこの接し方にはっきり差があった。石井さんのおじさんでさえも差をつけられていたような気がする。ましてやその二世帯の中で最年少の私には私が呼びかけても「しかたない遊んでやるか」くらいの対応しか見せてくれなかった。(続く)