岩内岳(2)

 岩内岳山頂は100m程の視界しかない。登山を始めて間もない頃、目国内岳の岩峰から縦走して下さいとばかりに尾根を連ねていた岩内岳を見ているので、ぜひとも逆から目国内岳への連なりを眺望したかったが無理だった。昼には早いし自動シャッターで記念写真を撮って早々に下山を始めた。30mほど下り始めると、まだ頂上部に居た山さんから「晴れてきた」という声が挙がった。振り返ると泊原発の建屋が白く陽を照り返している。岩内湾が青い。雷電海岸の辺りからガスがどんどん上昇していく。雷電岳を昇った晴れ間はニセコ連峰を襲うように進んでいく。雷電岳を越えた辺りで少し一進一退を繰り返したのち待望の目国内の特徴ある山頂部が現れた。10分ほどのパノラマショーを味わうことができた。

 もっとも注意していた山頂直下ザレ場の下りは雨で締まっていたためそう苦労はしなくて済んだがその下部の露石、走り根の道は一歩一歩の足の置き場に気を遣わなければならないほど緊張させられた。ストックが毀れて持ってこれなかったので、捕まれるもののすべてを頼りに下った。七合目近くの尾根を躱わすあたりは陽が当たって石が乾いていた。大きく平らな石がまるで敷石のように細い尾根道の真ん中にあった。乾いているという意識が油断させたのか左足を置いた瞬間足が前方に滑り、仰向けになった体が背中からその石の上に落ちた。頭が頭自身の重さでぐらぐらゆれた。体のあちこちに意識を配り確かめながらゆっくり起きあがる。背中のザックがクッションになり衝撃だけが感覚として残っているだけのようだ。良かったと思った。かばって付いたらしい左手首の辺りに鈍痛がある。皮膚がはがれて血がにじんでいた。みんなに待って貰って簡単な手当をした。歩き出すと全く大丈夫のようだ。ふりむき坂で昼にした。ザックの中の水筒が凹んでいた。背中は相当なダメージだったようだ。ザックに助けられた。起きあがったとき石を見てが濡れてはいなかった。どうやら靴底が濡れていたために滑ったらしい。もう一度傷の手当てをしヴァンデリンを手首に塗った」。手首は腫れるかもしれないが歩きには影響ない。
 6合目、旧リフトの降り口の鉄塔を過ぎた辺りからは道路上の石は小さくなったが、転倒してから慎重になったぶんますます歩きにくくなってしまった。訓練だろうか目国内から縦走してきた若い自衛隊の一隊が走るように追い越して下りていった。石など全く気にしていない歩き方だった。笑顔も挨拶の声も憎らしいほど若かった。
 気疲れから下りに飽きてきてやっと林間をぬけ、第一リフトの終点が見えた。明るい日差しにあふれていた。リフトの鉄柱に添って下りていく。ここからは赤土の路面の滑りが気になる。出来るだけ草を踏んで下りた。私の手当時間を引いた二時間の下りの中で最後の二分間の草地だけなんの心配もせずに体をバラバラに抛り出すようにして歩いた。
 高嶋旅館が連絡してくれて別館の風呂で下山後の汗を流すことが出来た。広いぬるめの湯の中でやっと山頂のパノラマショーを思い出した。あの山頂でのひとときと下山の精神的な疲れが思い出に残る山行だった。別館の人は「下は雨は降りませんでしたよ」と言っていた。