猛吹雪(1)

 下北横浜村でたくさんの車が動けなくなり、車の中で夜を明かしたと報じられた。天気予報が「大雪、猛吹雪になるおそれがありますと聞いても今何事もなく運転できてていればこのまま目的地に行けるものだと思ってしまう。引き返すとかどこかに泊まるとかは考えない。あした仕事があるとか、早く帰っていっぱいやろうとかを優先してしまう。命に関わることに遭遇しようなどとは思わない。しかし、ひとたび猛吹雪になると、地形や時間帯もあいまって一転、仕事など電話と謝罪でなんとかなったし、酒なんていつでも飲めるのにと後悔に実をふるわすことになる。特に日本海側の吹雪には、家に在れば家で、旅に在ればで動かない方がいい。
 島牧で車の免許をとってって間もない冬の夜、「北海道の日本海側は猛吹雪になるでしょう」という予報の中寿都から島牧へという北海道日本海側を帰ったことがある。何の用事があって出かけたのかは忘れたが翌日勤務もあったし、帰るものだと思いこんでいたのでなんの躊躇もなく車を走らせた。勿論泊まるなどと云うことは考えもしなかった。寿都の町並みを過ぎるまではいつもと変わらないドライブだったが、弁慶岬を過ぎた辺りから不安になってきた。寿都弁慶岬は一時期風速の日本記録を持っていたほどの強風地帯である。
 そこからは吹雪が海から崖を吹き上げてきて国道をなめるように吹きまくる。トラックなど運転席の高い車は見通しはいいが、乗用車の高さでははすっぽり地吹雪の中に入ってしまうので視界はゼロになる。対向車もない中、車の中にいる気安さから車を止めずに走らせてしまった。速く家に着きたかった。左の路肩を見ながら走っていたがついにホワイトアウト状態になり空を走っているような不安から、やっと停めて降りてみた。走っていたのは右側だった。そしてあと1メートルほど残して崖だった。車を降りて立った所から遙か下に波頭が見え崖に吼える怒濤が聞こえた。ぞっとしたあわてて左側の路肩まで車を寄せたがしばらく運転できなくなった。停まっていれば停まっていたで窓は吹雪が張り付いて雪に覆われてしまいそうだし、動けなくなったら同士用という新たな不安も出てきた。寿都にでも泊まればよかったと思ったがもう遅かった。
 すると雪も風も弱くなり視界がよくなった。急いで車を降りて窓の雪を落とし、ワイパーをフル稼働させて発信させた。この道路沿いに歌島、本目、軽臼と無人地帯を中にしてとびとびに集落があり私が帰るべき永豊はその次になる。いざとなったらどこかの民家に助けてもらおうと、吹雪いてきたら家のあるところで停め、視界がよくなったら次の家のある所まで走らせた。吹雪には必ず小休止があることがわかった。なんとかたどり着けるかなという思いがよぎったとき又大きな危険に見舞われた。