知内丸山

 雨に降り込められた「ごんぎつね」のように少し浮かれた気分で矢越の廃校舎脇に車を停めた。この廃校舎のイメージを想い今月の兼題「余花」で一句作っていた。
   廃校の余花幾百の夢を咲く   未曉

 たしか桜があったはずだと思いながら、矢越ではなくてもどこかに桜が咲いている廃校はあるだろうと作ったが、この校舎跡に桜があればより句は生きる。あった、隣の松前に遅れること一月、赤い屋根の校舎、小さな校庭、草に埋もれた遊具…ここを巣立った幾百人の子ども達の様子を目に浮かばせてくれる山桜が濃いピンクで咲いていた。
 尾根にとりついてすぐ急登が続く。苦しい。珍しい花も教えて貰ったが思ったほど少ない。その分撮影タイムも少ない。Yamaさんが先頭でゆっくりペースを作ってくれるがすぐ休みが欲しくなる。目を上げて日光に透ける新緑とその間を吹き来る緑の風を慰めにする。
   急登や新緑の裾引きずりぬ   未曉
 鹿立と言うところに来てようやく尾根の傾斜が緩くなった。そこから少し登ると海峡に向かって開けた所に出る。足元から万緑の大展望が矢越の港まで、谷をはさんで向の矢越岳、さらにその奥の山々へと続く。さっきまでの苦しさが報われる。
   万緑に空を分けたる八合目   未曉
   ロープ場の筆竜胆に空の色   未曉
 竹藪に覆われた頂上への道に入る。たけのこが登山路にもその道端にも顔を出している。帰りに少し貰っていこうと言っていたが、つい手をだして頂上までに20本も採ったろうか。一昨年登ったときは広く刈り払われた登山路も笹竹がかぶり、来年になったら道が見えなくなりそうだった。
 頂上での昼食後も先刻展望したところまでタケノコ採りを楽しみながら下山開始。急勾配の下りは久しぶりの山歩きで足に力が入らず不安定この上ない。二米ほどの岩の段差の所でバランスの悪い姿勢をしたとたん右足が吊り始めた。薬をぬって痛みをとめ、緊張しながら降りた。Yamaさんに言われ蝦夷春蝉の声に耳を澄ます。
   春蝉の初音葉ずれの中に聞く  未曉
 足を滑らせて尻餅三回、夏の富良野岳までに鍛えなければ…と覚悟を新たにした私を廃校舎の余花が迎えてくれた。