SB自由席

 札幌ドームでコンサドーレの試合を見るときはSB自由席で見ることに決めている。そこではゴールラインの延長線上に座席をとれるからだ。一見コーナーの後ろで見づらい感じはするが、遠い方のゴール前をあきらめれば、中盤のボールの奪い合いからオフサイドを含めゴール前のスリリングな攻防を俯瞰して観ることができる利点がある。前後半同じ座席で見れば、コンサドーレの攻撃、守備の両方がよくわかるし、ゴールシーンを楽しみたければ前半アウェイ側のSB自由席、後半ホーム側のSB自由席と渡り歩けばいい。ただ、私が応援に行く試合は負け試合のことが多く、SB自由席にこの抱くもくろみははずれてばかりいた。
 今日は最初からホーム側に陣取った。ホーム最終戦と言うこともあるだろうが、たぶんに「曽田を送りたい」というサポーターの暗黙の了解みたいなものが応援席にあり、私も曽田が試合に出られなくても最後のセレモニーの挨拶をその場で聞いてあげようと思っての応援だったのでその雰囲気中にいたかったのである。
 もう一つ狙いがあった。曽田がこの試合に出られるチャンスを考えてである。
 コンサドーレも横浜も実質的なシーズンは終わっている。J1昇格もないしJ2から降格の危険もない。きっと曽田は出場できるだろう。しかし戦っている以上負ける手は絶対打たない。とすればDFで使うのは避けるだろうし、逆にFWとしてコンサドーレに入団した曽田の花道をFWで飾るくらいの演出は十分可能なはずだ。5分のピッチで何かできるとは想わないが、曽田が相手DFと競ってヘディングする姿くらいは見られるだろうという狙いから、その最後の5分間のためにホーム側のSB自由席に座ったのである。
 ゴール前に流れたボールを曽田と横浜DFがお互い肩を入れようとぶつかり合い、そのまま押し合うように前のめりに倒れた。ファウルには見えなかった。ロスタイムであり曽田のラストプレイだなと思った瞬間笛が鳴った。レフリーがPKポイントをさしている。PKである。横浜の選手のほとんどがレフリーに詰め寄り、バックスタンド側のコーナーに押し込めるように抗議している。札幌のサポーターが総立ちで歓声を挙げ、すぐ、曽田コールが湧き起こった。スコアは2−1でいわゆるだめ押しのチャンスだがその歓声ではない。曽田に有終の美を飾ってあげてほしいというそれだけでドームが湧いた。だれも手を出さなかったボールを曽田がPKポイントにセットした。
 曽田が助走からシュート体制に入ったときGKが左に小さくフェントしてから右前に足を出し、その方向にセイビングした。瞬間、右だ!と私は思ったがそれは気楽な高みの見物だから思えること、曽田が蹴ったボールは引き込まれるようにGKの右手に向かいそしてはじかれた。跳ね返りのボールは曽田がシュートするよりも早く相手DFにクリアされた。ゴール裏を埋め尽くしたサポーターから大きな大きなため息が音になってドームにこだました。誰もがこれこそ本当に曽田のラストプレイ…と思った。しかし私の目線とゴールの間にいる線審の黄色い小旗が小刻みに揺れている。ファウルボールのゼスチュアではない。ファウルプレイの時の旗の振り方だ。GKの動き出しが早過ぎたのだ。掌を返したようにサポーターの拍手が湧き、歓声が沸き、再び曽田コールが起こった。
 裏の裏ではなくさらにその裏をかいて私は右隅を狙えと思ったが、思いが届くわけもなく曽田の蹴ったボールは左だった。GKも同じ方向に飛んだが今度は曽田のボールの方が速く、ゴールラインを越えるのがわかった。大歓声が上がり、その次に温かい拍手になった。
 サッカーではレフリーが試合を作るという。それまではコンサドーレばかりに厳しいダメな審判と反感さえ持っていたが、終わってみればまるで最初から筋描かれていたドラマのようになった。しかしサッカーの試合に演出はあり得ない。事前に仕組むことが出来たとすれば、曽田の終了5分前の出場だけだったろう。
 曽田の出場の少し前に横浜は三浦知良を出した。三浦の絶頂期曽田は彼に憧れるサッカー少年だったはずだ。自分の引退試合にその三浦と同じピッチに立てたのも感慨深いかもしれない。
 曽田が、PKを呼んだプレイが、レフリーが、線審が、三浦の出場が、そして横浜のGKが、いや札幌ドーム全体がサッカー劇場になっていた。今日は最高のSB自由席になったのである。