永坂更科

 帰りの電車まで1時間ほどある。というより最初から計算済みの1時間前になった。昼は「艸庵」で私の好きな蕎麦を食べ、乗車前は蕎麦前を愉しみながら駅近くと決めていた。
 店の違いや入り口出口もわからないこのあたりに東京の老舗「永坂更科」というそば屋が札幌店をだしている。以前、一度入ったことがあるが、蕎麦の印象は薄かった。ただこの次は時間を作って、是非江戸の老舗の蕎麦前を味わってみようと思っていた。方向には自信があるが、つい地下何階かを忘れてしまって迷うことが多い。確か最上階だと思っていたのでエスカレーターで上がってしまった。レストラン階である。
 客はいない。近くの「○○ブッフェ」とやらは40分待ちとかいう行列ができている。蕎麦前を愉しむには静かな方がいい。
 常温の酒と定番の卵焼きを頼んだ。ナメコを蕎麦味噌で和えたお通しで二杯ほど呑んだ頃、卵焼きが供された。箸に力を入れて一口大に切り口に入れる。「甘さは旨さ」という程度の甘いだし巻きである。大根おろしにうっすらと醤油がかかって添えられている。これが又旨い。ついぱくぱくと食べてしまいそうになるが、早食いの普段を押さえながらゆっくり酒と共に愉しむ。卵を食べ終わる前に一本目の銚子が空になり、追加、まだ酒が有るうちに卵焼きがなくなった。風呂吹きを追加した。
 風呂吹き大根は、白みそと蕎麦の実を炊き合わせたたれがこぼれるように乗っかって供されてきた。少し背が高い湯飲みをひっくり返したような形の太根は予想に反して箸では切りにくかった。大根の味はよかったが繊維がある。だしの味もしみこんでいるしかかっている蕎麦味噌も美味しいので少し悪戦苦闘気味だったが食べてしまった。
 少し客が入ってきた。いい時間だ。生粉打ち蕎麦を頼んだ。供されて失敗したことに気がついた。ここの生粉打ちは田舎蕎麦風の太打ち、もそもそ麺なのである。他は更科蕎麦なので前回同様、つい生粉打ちに惹かれてしまったのである。辛汁が二種類、甘めと辛めが別々の小さな銚子に入っていて、客が好みに合わせてブレンドして食べろという。私はもそもそ感を克服すべく辛目だけに蕎麦をたっぷりつけて食べた。
 ほろっと酔って5番ホームに立つ。特急北斗がホームに入ってくる。ふらっと指定席に腰を下ろす。隣は空席、うつらうつらして目を覚ますと窓の外は雪。「締めに二番粉三番粉あたりの二八蕎麦が食えたらなー」などとだらしなく思いながら贅沢な時間が雪の中を函館へ向かう。電光ニュースに「コンサドーレ、J1最終戦飾れず」と流れた。