カナディアンロッキー・山名(1)

 ニュージーランド南島に「アオラキ」という山がある。現地のガイドが「雲をつらぬく峰」と言う意味だと教えてくれた。いい名前だ。フッカー谷の前方に立ちはだかるように聳えるその山は、最初雲に隠れて見えなかった。あきらめながら、谷の行き止るところ、氷塊を浮かべる氷河の末端の湖まで来たとき、まるでドラマを見せるようにその雲が流れて消えてくれた。「アオラキ」はその名のごとく雲をつらぬいてその姿を見せてくれたのである。
 その山、別名を「マウント・クック」という。残念ながら別名のほうがよく知られている。クックはあちこちに名前を残している大英帝国の海軍軍人である。極めて政治的な意図の下に「発見」と言う名の植民地探しをしていた人である。「アオラキ」の山名を知ってからは、「クックを見に来たんじゃねぇ」と思ったものだ。
 カナディアンロッキーにも人名を名づけられた山が多い。ロッキー最高峰「ロブソン」もそうだ。サスカチュワンクロッシッグという所で周りを取り囲んでいる山名を聞いたときは、Mtマーチソン、Mtカウフマン、Mtサーバック、Mtフォーブス、Mtウィルソンと見える山すべてが人名を付けられていた。ガイドの栗原さんによると、Mtが山の名前の前に付いている場合は人名が由来となっていることが多いと言っていた。それを元に地図を見ると半数以上の山がMt○○になっている。それだけではない、山の上のほうにあったり、奥まっていて神秘的だったりすると、湖にも人の名前が付けられている。
 初登頂者だったり、その山にルートを見つけた頼れるガイドの名前だったりする。中には、Mtエディス・キャベルのように本国イギリスで有名な従軍看護婦の名を冠した山もある。その山とはなんの関係なく、本人がカナダに来たわけでもない。美しい山に敬愛する本国の偉人の名をつけたのである。
 Mtクックにもカナダの山々の山名にも共通しているのは「開拓」である。厳しい大自然に挑みながら自分たちにとって価値のあるものを見つけ、手に入れるためのルートを作る苦労は並大抵のものではなかったろう。その功績に対し人々が、美しい山に、神秘の湖にその名をつける…。征服した人間の代表として…。
 世界中の多くの山のように自然発生的に山名が付けられるのを待っていられない事情もあったろう。開拓と言うのはそこに入り込んだ人間が「自分たちのものだぞ」と名づけて宣言するものでもあるからだ。すべてが元から自分のものだった先住の民はその必要はない。象徴的なもの、信仰の対象となるものだけに自然発生的にふさわしい名前が付けられていればよかった。人名が山名になっているのは開拓者欧米人の自然ドカドカ歩きの足跡のように思えてならない。