大千軒岳・知内コース

 風を避け千軒平の花の道で昼食にした。誰も居なかったし、花を踏まずに花を見ながら細い道を占領してにぎりめしを食べた。朝早かったのでコンビニおにぎりだがうまい。熱いお茶だけはポットに入れてきた。それがことさら旨い。
 飯が終わる頃旧道からと知内コースから女性らしい声と姿が現れた。それを機に立ち、花の道を千軒清水まで歩いた。ハクサンイチゲは花数は多くないが、一つ一つの状態がとてもいい。形も色もイキがいいのである。昨年は「お花畑」として写したが今年は「ハクサンイチゲ」として写してあげよう。ミヤマアズマギクミヤマキンバイミヤマオダマキ、まだ小さかったがミヤマキンポウゲも楽しませてくれた。しかし、アツモリソウはついに見られなかった。三年前のアツモリソウとハクサンチドリのツーショットをもう一度見たかったのに…。
 千軒清水で喉を潤し帰りの水を確保しようとして足を滑らせた。滑落しまいとしたふんばったら膝上の筋肉が吊った。再び千軒平へ戻りながら、登ってきた他のグループと話しながらも、アツモリソウを探しながらも下りの急勾配と長い歩きに不安が募るばかりだった。他の登山者が居なくて幸い、道の真ん中でズボンを下ろしヴァンデリンを塗った。効いてくれた。この薬の効果は雄鉾でも実証済みだ。少しだけ気が楽になり下山を開始した。
 足が吊ると踏ん張るのが怖くなり足裏の地面をホールドする力が弱くなる。油断すると少しの凹凸で体のバランスがとれなくなってしまう。雪渓を下り終えた辺りでまた足が吊り、またヴァンデリンの世話になった。
 何も目に入らなくなった。ストックを持って来れば…と思ったが無い物は無い。今まで経験したことの無い膝裏の筋肉が痛い。膝が曲がり尻を落とした格好で歩いていたに違いない。類人猿だろう。いつも通り手でつかめるものは掴み、尻でずり降りしながらやっとの思いで千軒銀座まで降りた。急勾配の下りは終えた。そこで緊張感を切らすことはかえって危ない気がしたので、そこからは早めに歩くことを心がけた。かといって人より速いわけではなかった。案内板に書かれたコースタイムで歩けたということだが私としてはすたすた歩いた。しかしそれも広川原までで、広川原で休んでから狭戸までの高巻き道のアップダウンは、まるで倒れ掛かったボクサーへのボディーブローの連打である。熊避けのホイッスルを吹きながら歩いたが、自分を励ますための音と化していた。登るときはこんなにあったかと思うくらいアップダウンが繰り返された。狭戸の暗い水辺に最後の休憩をとったときはじめてあと少しで温泉に入れると言う実感を持つことが出来た。もう吊橋という地点で、一番後ろのKuさんから花の名が告げられた。10M戻る元気はかろうじて残っていた。白い可憐な花だった。
 もう千軒岳に5回も登っただろうか。しかし、頂上に行かなかったのははじめてである。今年は頂上に意味があるのではなく純粋に登ること、降りることに意味のある登山だった。そこに山があるからではない。そこに道があるから歩くのである。ただ、勾配がきついかどうか、険しい道かどうか、道程が長いかどうか、そして付け加えると歩いた後に筋肉痛があるかどうかなのであろう。私は昔から筋肉痛が嫌いではない。無事に帰ってこれたから言える。