流山温泉・十割そば

 お盆の上の笊に濡れ濡れの黒い麺が出された。この手の麺は何度か出会ったことがある。一度は私が後にも先にも見よう見真似でたった一度「打った」ことのある蕎麦であり、もう一度はそばの町として売り出し始めた頃の幌加内のある店で食べたそばである。どちらも、もう二度と食べなくていい蕎麦である。この濡れ濡れ黒そばのすべてが美味しくないとは言わないが、私は好きになれない。
 蕎麦そのものも蕎麦の香りや味が薄く、そば粉独特の口ざわりや舌触りも無い。あるのはうどんに近い腰の強さと、色が黒いという素朴さのようなものである。ワサビで食べてもうどんにわさびをつけているようで、あの蕎麦の甘さにはほど遠い。しかし、蕎麦を愛する人の好みは様々である、この黒さ、腰の強さを好む人たちがいるに違いない。入湯客のためのレストランとはいえ、車で来なければならないところに店を構え、蕎麦中心のメニューでやっているのが何よりの証拠だ。私の口が合わないだけだ。
 少しおそれていたことが現実になった。終わりに近づくと水の中に蕎麦がのたうっていた。笊の下は直ぐお盆で水が切れる空間が無い。笊の底は笊の目も見えない白濁した水溜りになっていて、その中で灰色になった蕎麦を食べざるを得なかった。この手の黒い蕎麦は濡れ濡れで光っていることが多い。それだけ水切れが悪いのだろうと思う。それなのにこの蕎麦の供し方はさすがの私の食欲も奪ってしまった。
 私には、十割蕎麦という風味は蕎麦にもその供し方にも感じられなかった。口直しに大沼公園入り口にある私の好きな蕎麦屋「神無月」に行った。シャッターが下りていた。ここは定休日の時は入り口に木札がかけられるはずだ。その木札も無くシャッターが下りているのはどうしてだろう。すごく気になったし残念だった。