喜香庵

 十年越し、三度目にやっと暖簾をくぐることができた。札幌の店である。 美味しいそばを探すことを意識して始めたころ、ある情報誌で知って訪ねた。娘が下宿したり、コンサドーレの応援で年に2回ほどは行っていたので札幌の蕎麦にも範囲を広げだした頃である。
 道路地図と地番を手がかりに探したが車だったこともあり見つけることができなかった。すぐ近所にも蕎麦屋があって勝手に「店仕舞して別の蕎麦屋さんになったんだ」と思いこみ、別にエントリーしていた同じ北区の蕎麦屋へ回ってしまった。しかし、その後に見た別の本にも「美味しい店」として紹介されていた。よく見ると小さなビルの二階らしい。全然想定していなかったので視点が違っていたのだろうと思う。二度目はコンサドーレ観戦のついでに確かめておこうと定休日承知で行った。車を運転しながらでも見つけることができた。前に見つけた蕎麦屋さんの4.5軒となりにあった。いつか食べたい蕎麦だった。
 今回は、コンサドーレのついでにエジプト展と秀岳荘を入れたのでその範囲の蕎麦屋チェックをした。よく見たら喜香庵は大通りをはさんで美術館からそう遠くない。JRで札幌駅から美術館でエジプト展を観てから歩いていけばちょうど昼になる。最初の計画は蕎麦はついでのように間に入れているつもりだが、実際の行動場面ではいつしか蕎麦が中心になってしまう。混んで混んで人の肩越しにしか見れないエジプト展だったので蕎麦に行きたくなったが早く行っても開店していないのでがんばって観るべきものは見たつもりだ。
 煤汚れた雪が残る歩道を歩いて一回も迷わず、店に登る階段の前に立った。その階段に暖簾が出ていた。地味な色で小さく「喜香庵」と白抜きされている。階段の脇の壁にこれまた目立たない色で小窓ほどの看板もあった。蕎麦屋は地味な感じのほうが蕎麦屋らしい。私の好みもそうである。地味なために探せないというなら探せないほうが悪い。