艸菴(2)・札幌市

 新聞で紹介された記事では11時開店だったが、11時25分に着いたら外にいた店の女性に「11時半の開店なんです」と言われた。確かに店の前に11時30分〜と書かれている。時間つぶしに一画を歩いて店に近づいたら、男性が独り入っていった。11時半になっているし「開店したな」と思って入った。するとさっきの女性が「後2〜3分お待ちください」と入り口のベンチに座らされた。さっき人が入っていたのになと思いながらガラス戸ごしに店の中を覗くとカウンター席にやはり独り座っている。やがて、高々と蕎麦を啜りこむ音がしてきた。きっと特別な客なんだなと思い座っていた。ほどなくさっきの女性が暖簾を持ってきて外に掛けた。(そうか暖簾が出る前に入ってしまったんだ)と思いながらもいっそう先客が不審だった。しかし、店内には客はいなかった。接客の女性と、調理場に店主らしい男の人が一人いるだけである。すると、蕎麦を啜っていたのは、店主と言うことになる。客を入れる前に、今日の蕎麦を確かめたのだろうか。とすれば、職人である。素敵である。そのほかにも私が気に入ったことがいくつかあった。
 店の中は、コの字型のカウンター(12席)があり、その前にガラスがあってに調理場との境になっている。蕎麦屋に限らず、調理場が見える蕎麦屋さんが好きだ。職人さんの仕事は見ていて楽しい。
 私と後から来た一人が待合のベンチに座っていて店内に案内されたとき、待たせた二人の席をちゃんと作っていてくれた。カウンター席には12の椅子に合わせて12のお盆が置かれていたが、中央に一席離したお盆にはメニューが一冊ずつ置かれ、お絞りが置かれていた。まるで、招待されたような気分になった。
 追加した掛けそばを用意するとき、たまたま私と一緒に入ってきた客の支払いのため、彼女がレジに行った。そのとき店主は、茹で上がった蕎麦をつめたい水であらい、締め、水を切る一連の動作の間、何回となく鍋で暖めている掛け汁を見ていた。きっと煮立たせないようにしていたのだろう。掛けそば一杯に気を使う職人の姿に好感を覚えた。
 札幌のビル街、車が行きかう中で、味はもちろん、蕎麦を楽しませるためにしっかりがんばっている蕎麦屋さんがあった。今私の中での一番は「艸菴」になるだろう。明日にでも行って「ぶっかけ蕎麦」を食べたい。
 満足の余韻に浸りながら店を出て、外観の写真も撮っていないことに気づいたのは地下鉄円山公園駅に着いてしまってからだった。