「八十八」(1)

  今日、全道展・函館地区展を芸術ホールへ観に行った。鑑賞し終わると12時少し前、蕎麦屋へ行くにはちょうどいい時間である。今朝は朝飯が遅かったし、蕎麦一杯でちょうどいい感じだ。
 そういえば、道新の裏手に『手打ち」の幟が立っていたことを思い出した。暮れに飲み会の奥さんを送ってきて見つけていた店である。駐車場でもあればすぐ来てしまうのだが、その時見た限りではなさそうだったので今日はいい機会だ。芸術ホールの駐車場からは近いし無料のタイムリミットまではあと一時間もある。
 確か少し前までは、店前に車を2〜3台とめることができたラーメン屋だったような気がするその場所に目指す店があった。小学生から大学生までこの辺りが生活のテリトリーだった私には、銭湯「城の湯」だった場所と言ったほうが分かりやすい。
 明るく、椅子席中心のファミレス風店内である。カウンターっぽい独り席に座り、もり蕎麦を注文した。目の前は、鼻がつっかえるように曇りガラスが視界を遮っているので自然に遠くを見てしまう。窓越しに道路のほうを見たら感傷的になった。「城の湯」前の道路の真ん中に赤松が植えられていて、そこだけ中央分離帯みたくなっていたのを思い出す。風呂帰り、当時は車も少なく道路の真ん中を歩いて帰れた。縛れる中振り回してタオルを棒にしながら…。親父と一緒だったこともあった。親父が話す、「シベリアはもっと寒くてな、タオルは凍った後粉々になってしまうんだ。」とか「もっと困るのは、立小便すると出したとたんに凍ってしまってちんぽまで凍ってしまうこともあるんだ」などとめったにしないほら話を真剣に聞いていたことなども思い出した。感傷から醒め、焦点を窓ガラスに当てたら摺り文字で「八十八」と書かれていた。改めてメニューを見ると「やそはち」と言うらしい。つなぎ2割の「二八そば」でたれには化学調味料は一切使っていないとのことわりが書いてあった。調理場が見えると楽しいのに…と思いながら待っていた。