蝦夷編 日高町「松葉」 

 この旅最初の日、千歳のいずみファームで合った人が紹介してくれた「松葉」である。とも言えるが、私のリストにも載っている店だったので私の選択に自信を持たせてくれた店でもある。日勝峠を降りてきて日高町、本の地図では富川駅前になっているが、一軒の店も無い。通りかかった若いお父さんに聞いてそれでも二度ほどまよいながら、狭い小路に見つけることができた。車をどうしようかと困っていると、店主が顔を出して店前に車を停めてもいいと言う。
 感じは食堂だが、蕎麦屋の感じも強い。時間もずれていたが親父一人しかいなかった。千歳で逢った人が名刺代わりに描いてくれた小さな色紙を見せると「あああの人」とあまり話が弾まなかった。ごぼう天のことを聞くと、「おかげさまで評判がよくて、9割のお客さんが食べてくれます」と言う。私はもり蕎麦とごぼう天、Yaさんはごぼう天そばを頼んだ。ごぼう天を出すようになったいきさつ、特定の農家から直接仕入れて品質にこだわっている話や函館に行きたいという話をしながらもなれた手順で釜前で手を動かしている。
 出された蕎麦は田舎蕎麦である。もそもその黒い蕎麦に甘めのたれ。蕎麦をしっかり浸して食べる。人から勧められる「美味い蕎麦」は田舎蕎麦が多い。逆の言い方をすると、田舎蕎麦の好きな人にすすめたがりが多いのかもしれない。もしかしたらその人達は田舎蕎麦に素朴感やおふくろ感、手作り感をより強く感じて美味しさの中に加味しているのかもしれない。そしてこれらの感覚には誰もが賛同してくれる。「松葉」の蕎麦もそういう意味で期待を裏切らない蕎麦である。蕎麦とごぼう天を別々に味わいながらYaさんを見ていると、ごぼう天蕎麦にして食べたほうがもっと美味しいような気がして、いつものかけそば追加モードになってしまった。
 もり蕎麦のもそもそ感に飽きてしまったせいもあろうが、温かい汁の中のごぼう天の香りで食べたほうが数段美味かった。ごぼうは、歯ごたえがあり香りがとても強いそばの食感を和らげてかえって蕎麦の味を良くしているような気がする。「温かい汁のごぼう天蕎麦が一番美味いかもしれない」と褒めたつもりで言ったが、「ありがとうございます」とだけ返ってきた。また余計なことを言ったしまった。人はそれぞれなのだ。どんな食い方であろうが、本人が美味いと思う食い方が一番なのだ。