蝦夷松山(1)

 出がけにぱらぱらっとアスファルトに小さなしみを見せて雨が降ったが、周りの山はすっきり見えている。陣川温泉で待ち合わせ、いつものように地蔵さんが並び始める辺りに車を停めて歩き始めた。私が先頭になったのでゆっくりペースで進む。足元にはスミレが遠慮がちに咲いている。私も目を瞑って歩いているわけではないが、通り過ぎた後ろで山谷さんがいろんな花を見つけてシャッターを切っている。チゴユリヒトリシズカ、スミレも花の色、形、葉の模様や形の違いを見つけている      きっと私の目は開いているけれど何にも見ていないのだろう。自分にとって大切なものだけを見つけようとするハンターの眼ではなく、全てを眼に入れてきれいだとか汚いだとか危ないだとか大雑把な感想しか持とうとしない、きわめて受動的な見方の眼のようだ。
 いつものようにゴルフ場からの林道と蝦夷松山登山道との十字路で休憩をとった。根曲がり竹に囲まれた交差点だが、広くて明るくて平らだから自然と荷物を下したくなる。これも、いつものように羊羹で補給をした。今までと違って暑くなってくると汗の量も増えている。残りの行程も考え水を飲む。我慢しないとペットボトル一本くらいすぐ空けてしまう。「登山道」の標識のそばに一斗缶がぶらさっがっている。上に木の枝が乗っかっているところを見ると熊除けらしい 。ガンガンと一鳴らしして十字路を登りに採った。両側を根曲がりに覆われたこの道でも山谷さんは道端に筍を見つけるが、私は集中していても見つけられない。そして、サンカヨウのきれいな花も山谷さんが見つけた。 暑い中息を切らして登っていると小さな花一つ見ただけで気分が一新する。これからの岩峰への急登を楽しむ気分になってくる。「2点はしっかり確保して、ロープや樹木だけに体を預けないこと」と声がかかる。私はよじ登りがきらいではない。山と一つになった気がする。なぜか、島牧の海で深みの大岩を見下ろしながら鳥のように潜って体を遊ばせるあの一体感を思い出す。そして頂上に出た。