「やぶそば」東京神田

 江戸蕎麦やぶ系の祖、堀田七兵衛の胸像が入り口脇の小屋根の下にあった。「まつや」から一分もかからずに着いてしまう。時間前なので痛い足を引きずりながら一画を一回りして竹が見越す板塀に囲まれ、戸口から飛び石伝いに6〜7m奥まって格子のガラス戸を開ける。なんと、席が半分以上埋まっている。開店時間は3分と過ぎていない。もう蕎麦を食っている人さえいる。きっと早い客がいれば、11時には開けるのだろう。しかしさっき前を通ったときは開いてはいなかったが…。とにかくどうでもいい。案内された卓に就く。よくある寄り合い席は無いが、小さな二人用の卓がたくさんあり、人数にあわせ、組み合わせるようだ。小上がり席は6人卓のようだが、フロアはほとんどが二人用で占められている。おくから順に案内していくようだ。私の次に案内された父娘は隣に座った。右奥にJの字型のカウンターがあり2畳分くらいのレジというか帳場になっている。客が注文するとそこに座っている女将さんが、応対した女の人から聞いた品を独特の節回しと、語尾を延ばす言い方で調理場へ通す。継承すべき形式美の少ない北海道人は驚くばかりである。明治創業と聞くが江戸を感じた。
 せいろう蕎麦を頼んだ。「いちまいですか?」と聞かれた。後でかけそばも食べることになるだろうと思っていたので、「一枚でいいです」と答えた。よく見ると、量が少ないのかほとんどの人が複数頼んでいる。私の隣のお父さんは、酒、かき揚げはいいとして6枚も頼んだ。蕎麦が来たら、3枚を娘の方に押しやって手酌で飲み始めた。娘でも3枚行くらしい。
 蕎麦は緑がかった蕎麦で、細めでこしがある。香りは強い。江戸蕎麦の「きりっ」とした
感覚がさえている。辛口のたれでわさびやわさび無しで一気に食べてしまう。やはりもう一枚食べたくなる。かけそばを頼む。出てきてすぐ、一味のつもりで振り入れたら、七味で、蕎麦の香りが消えてしまった。失敗。かけ汁は甘めで蕎麦も違っているように思った。わたしが「美味しい」と思うようなかけ蕎麦ではなかった。
 蕎麦通の基本と言われる「そばはもり」は、「やぶそば」辺りから始まったのかもしれない。などと勝手に考えた。