「起進堂」駒場町

 開店した頃行ってそれ以来である。メニューにもり蕎麦、ざる蕎麦、暖かいものでは天ぷらしかなかった。その頃そばはかけ蕎麦と決めていた私には「たかが蕎麦なのに」という思いがあって行かなくなった。
なんとなく気になっていたし、行かなくては…と思っていたと言うことは、蕎麦そのものには悪い印象は持っていなかったからだろう。
 メニューも壁の品書きもない。店の人がお茶と一緒にメニューを持って来た。見てびっくりした。メニューには、他の蕎麦屋さん同様にたくさん書かれている。かけ蕎麦ももちろんある。へぇーと思って見ていると店の人が「なにになさいます」というので「もり」と答えると「蕎麦は手打ちと機械打ちがあります」「手打ち」「手打ちには挽きぐるみとさらしながあります」「ひきぐるみでお願いします」畳み掛けるような会話が流れた。カウンター6席、その後ろに4人卓が5つのこじんまりとした店である。
 もり蕎麦が出された。薬味は刻みねぎと○○産(ヨクキキトレナカッタ)の入ったばかりのわさびとおろしの三種。蕎麦をすする。細打ちの麺で口に入れる量が少なかったせいかあまり感じられない。たれに麺の先をつけて啜り込むと口の中で蕎麦の香りが泡立つ。細麺でいつも感じる口触りである。本当の蕎麦の味や香りなのかどうかわからないが、嫌いでは無い。垂れは少し甘めでことわり付きのわさびがとてもよく合っていた。この辺りでかけ蕎麦が気になった。
「この蕎麦でかけできますか?」とおそるおそる聞くと「挽きぐるみでかけ蕎麦?できますよ」「それ追加して下さい」という会話になった。蕎麦湯は重く、たれとわさびとねぎで一杯、たれとおろしでもう一杯塩分を気にしながらいただいてしまった。
 かけそばは、麺が少し太くなったような気がしたがもしかけそばようにつくってあるならすごい。とてもうまい蕎麦になっている。もりそばで美味しさを判断し、かけ蕎麦でそばをさらにおいしく食べる。それが味わえる蕎麦だ。香り、味ともに…。蕎麦湯が余っていたので、かけつゆで割っていただいたらこれもすごくうまかった。
 「されど」の部分を失わずに、機械打ちでメニューの数を増やして「たかが」にも対応したことに「いい店」へと印象が変わった。