私は母が逝った年齢74歳と父が逝った年齢84歳を越えるべき二つの嶺として意識してきた。母の嶺は念のためと切除した大腸ポリープが調べたら癌化していたという幸運の内に越えることができた。次は84歳の嶺である。しかしその道は平坦な道ではなかった。越えるべき小峰がいくつか連なる痩せ尾根の道であった。歩いていたのは油断すれば滑落が待つ道だった。そして見事滑落したが少しの出っ張りに踏みとどまることが出来た。再びの幸運と思いまた歩こうとしている。

 小ピークといえどといえどどうせなら少しでも明るい方がいい。その小峰の一つに喜寿を思った。今日が喜寿である。

   万歳にならぬ左腕や喜寿の秋   未曉

   痩せ尾根がつなぐ峰峰秋の雲   未曉