渡り鳥

 松前白神岬に鵯の渡りを観に行った。地図を持たない鵯が今年もちゃんと北海道最南端に集結していた。岬の展望パーキングに車を止めるや否や背後の段丘上から一群が海へ飛び出し磯へ急降下した。何があったのか海峡へ向かうのを止め磯伝いに松前のお城の方へ変えた。
 この観察も5〜6年になるが今年が最も暖かで穏やかな朝に恵まれた。青空が広がり竜飛のシルエットもしっかり見えている。岬を交わしたからそこは津軽海峡というより日本海という外海、それなりに波はあるが鵯が渡る条件としては良いに違いない。磯の巌の上に天敵、禽鳥らしき影があるが今朝の狩りはもう終えたのか動かない。いつもと違うのは少し沖の岩礁にたくさんのカモメが羽を休めていることくらいだ。今日は大きな群れの渡りが見られるかもしれない。しかし、間をおいて飛び立つのは百羽くらいの小さな集団が多い。
 いくつかの集団が明らかに竜飛へ進路を取り、磯が切れるあたりから空を嫌い波すれすれに滑空するように飛び始める。姿を目立たなくするためだ。鵯の場合高い空を見送るのではない。波間に見えなくなるまで見ているが実際は姿が見えなくなるまでというより、帰岸しないことを確かめることが見送ることになる。
 少し大きな一群が私たちの上空を飛び岬から延びる岩礁が切れるあたりで期待通り美しくスウッと急降下したとたんその岩礁に休んでいたカモメ達が一斉にその鵯の群れに合流した…かのように見えた。待ち伏せていてカモメが鵯を襲ったのだ。体当たりして海上に落とし攫うのだろう。カモメの獣に近い黄色い眼を思い浮かべた。乱視の隻眼で見ているわたしには想像でしかないが、見えない方がよかったかもしれない。運よく残った大多数はそのまま竜飛を目指した。仲間を悼む間もない。海峡の上は休むところもない。食べるいとまも物もない。ひたすら羽を羽ばたかせることだけが生きることなのだ。
 見ごたえのあるドラマを今年も見た。
     鳥送る蝦夷南端の草の花  未曉
その後白神の集落を抜け、鵯が飛び立つ段丘上に上るのもいつものコースである。秋草もあり、秋蝶も飛ぶがなにより鳥声に囲まれて歩くことになる。天気がいいせいだろうか、鵯の一団が藪の中から湧き上がったかと思うやいなや私たちまで誘うかのように頭上すれすれに飛んだ。これも初めての経験だった。先ほどまでいたところから30Mほど上がったところだが、岬とそれに続く岩礁、海峡が俯瞰視できる。竜飛も心なし少し近く見える。きっと鵯には鵯の進化があって固有の距離感があるのだろう。カモメは人になれないという歌詞があったが人も鵯にはなれないのだ。
 いつもと同じように、自衛隊の基地の人を寄せ付けない鉄格子の扉まで行って引き返してきた。
    仙人草しの字への字の実の呪文  未曉