万緑

 いつもの山仲間でアポイ岳に登ってきた。馬の背までは一緒に歩いたがそこで思い思いのアポイを楽しむことになった。リーダーのYamaさんは念願のヒメチャマダラセセリを撮影するべく山の背に貼り付くという。Kudさんはアポイ固有種の植物を丹念に調べるべく八合目まであたりを集中的に探索するらしい。Kubさんは三年前の時登っているからとのんびりしながらゆっくり五合目まで先に降りているという。私と、アポイが初めてのTakeさんは頂上を目指した。
 イワザクラとエゾキスミレは見て行けよ。と宿題のように言われた花はちゃんとカメラに収め、八合目と九合目の中間位のところに差し掛かった時、岩の上に小さな子供用の片方の真っ赤な軍手が目に飛び込んできた。それは昔からそこに置かれていたように置かれていた。見覚えがあった。お父さんとお母さんと一緒に登っていた女の子の手袋だ。白いミニのワンピースに白いスパッツ、薄水色の帽子をかぶった就学前くらいの女の子がお父さんとお母さんの前を目印のようにその真っ赤な手袋を前後に振って歩いていた。二合目と三合目の中間、花撮りにうろうろしていたじじいたちの励ましも必要ないかのように追い越していった手袋だ。きっと幌満の方から降りるだろうから持って行ったって渡せるわけでもないので一度手に取ったがまた元の石の上に置いた。アポイの日に焼け土に焼けた黄土色の石の上でその赤い手袋は待つことを決めたように見えた。
 頂上に顔を出したら、Takeさんが「あーっいた!」と声を上げた。女の子がいた。お父さんが「手袋見ませんでしたか?」と言い「石の上にありました」と答えると「八合目より上でしたか?下でしたか?」と訊かれた。「八合目より上です。持ってこようかどうか迷ったけれど置いてきてしまいました」というと「いえ、これから降りますから取って帰ります」とお父さんは答えた。その間に女の子はもう降り口に向かおうとしていた。片手だけに赤い手袋をして。
 親子がいなくなった山頂に桜が余花を咲かせていた。その下で昼にした。アポイの山頂は木立に囲まれて展望がよくない。そそくさと昼を終え、前回道のりが長いのに花が少なかった思いもあり私たちも幌満コースを嫌って登路を降りた。
 親子はもういなかったし、赤い手袋も無かった。そういえばあの子の声を聞かなかったなーと思った。お父さんお母さんに甘える様子もなかったなーと思った。あの子と真っ赤な手袋がとても似合って思い出された。
    山頂の余花に待たれてアポイ岳   未曉
    万緑や太平洋に挑むごと      未曉