なゝ樹(恵比寿)

 しな書きには「戸隠そば」「真田そば」「信濃路…」などと地名が付いたものがならんでいる。しかし、蕎麦が違うのではなく、種物がそうネーミングされているということらしい。少し惑わされて「真田そば」と頼んだら「とろろの蕎麦ですね?」と念をおされた。もう一度見るとそれぞれの品書きにちゃんと断り書きが付いている「信濃路」はいわゆる山菜そばらしく、「田毎そば」は月見蕎麦と云うことだ。あわてて「戸隠蕎麦」に直してもらう。いわゆる戸隠蕎麦はこうして食べることができた。この店は「東京で戸隠蕎麦を…」と本に書いてあったので来てみた。日比谷線恵比寿西口から3分もかからない。
 江戸風の蕎麦ではない。香りは薄いけれど風味がある。太めの麺で田舎蕎麦風だがもそもそ感はない。田舎蕎麦が好きな人には物足りないかもしれないが、私にはちょうどいい。わさびをつけてすすり込むと蕎麦の甘さが引き立つ辛汁でこれもちょうどいい。これは絶対かけそばが美味しい蕎麦だ。四角い8人がけの(8人座ったら狭い)テーブルの真ん中に野沢菜の入った鉢があり、それは自由に食べていいようだ。一気に蕎麦を食べてしまい追加の蕎麦を待っている間、野沢菜をつまみながらお茶を飲んでいると、東京のど真ん中であることを忘れ、信州の民家にいるような錯覚を覚える。格子戸、刀で面を削ったような黒光りの柱や板壁…。野沢菜の酸味がよく似合う。