三与右衛門(さんたて店)

 わざわざさんたてと謳っているのだから、ここに打ち場があるのだろうけれど、直線にしたら200Mも離れていないところに二店目である。本店の酔ってくだ巻く小上がり丸見えの店ではない。明らかにしきりで少し目隠しされたテーブル席が奥にしつらえられている。その席は男同士より、女同士もしくは男女の客の方が似合いそうだ。反対側の壁に向かって「蕎麦屋で一杯」を楽しみに来た客用のカウンターがある。わたしはそこに座りもり蕎麦を注文した。
 蕎麦猪口に辛汁の小銚子、薬味にさらし葱とおろしとわさび、細めの長方形のせいろに蕎麦が盛られてだされた。一口すするが香りは弱い。太めの麺で噛む麺である。田舎蕎麦を好む人に合う食感だ。辛汁は甘めで、私は蕎麦を汁の中に落とし込んで食べた。店内の作りといい、どうやら打ち手のこだわりの味とか極めた末の味というよりは、客や、客層に合わせた蕎麦を目指しているのではないかと思った。手打ち蕎麦にブームがあったとすれば、それが新しい段階に入ってきたというのだろうか。
 手打ち蕎麦は、作り手にその主導権があった。粉の産地から、温度、湿度から店構えまでこだわりにこだわって、「これがそばだ」といわんばかりにだされた蕎麦を食べさせてもらってきた。悪い言い方になるかもしれないが、この蕎麦がいやだったら食べてもらわなくてもいいよといわんばかりに、蕎麦を打つ人の好みを味わってきたともいえる。そして私はそれが楽しみだった。作り手が違うだけ、おいしい蕎麦はたくさんあるとも言えた。
 手打ち蕎麦が蕎麦の作り手が特定の時間帯や客層をねらえる商売になってきたのだろう。ねらわれているのはだれだろう。私のような客としては当てにならない者ではない。ランチにしても、深夜にしてもその時間本町には行かない。この店が、この蕎麦で続けていけるのかどうか、変わるとすればどんな風になっていくのか楽しみだ。それを知るために、機会があったらまた行こうと思う。