三つ子の魂

 Uの事務所のテーブルをいつものメンバー七人が囲んだ。昭和34年の函館東高校新聞局局員5人とその時の顧問それと3学年後輩の一人である。前回100号記念の縮刷餡作りのときと同じメンバーでもある。私たち4人が1年生で局長のI氏が2年生だった。
 喋ることを訊いていると、話し方、話すタイミング、対話の距離感などまるで変わっていない。詰襟にカラーを立てた学生服を着ていただけでなにも変わっていない。冗談や真面目な話に戻す時の役割も期待した奴がやってくれる。面白いものだ。
 年齢差1才以上にはるかに大人だったI紙、物怖じしない明るい性格で広告取りに抜群の才を発揮したKa、慎重だが前向きで粘り強いKu、記事を書くのが好きだったが、取材など実動場面ではその二人の陰に隠れて無邪気に遊んでいた私、定規を使って字を書くUは処理能力に長けていて締め切りのある新聞発行には重要な役割を果たしていた。当時、我々の新聞作りにはあまり干渉しなかった顧問のT先生は、今は我々の仲間のように参加してくれている。個人的な話を聞くと年齢を感じるが考え方は若い。後輩のTaは在校当時は演劇部との掛け持ちで、新聞作りの合い間に発声練習などしていた。よく通る声で自分や自分の意見を表現する。その面々が50年後そのままの感じでテーブルを囲んでいる。
 健康で顔を合わせていることにも驚くが、その変らなさぶりには感心してしまう。それぞれ背負っているものはあの時に比べると重く大きいものだろうが、こうして直に話し合っているとそれが消えてしまう。ことさらそこから逃避しているわけでもないのに。(少なくても私は…)
 三つ子の魂という奴かもしれない。それを発揮できる場所をもてることが幸せなのかもしれない